デス・オーバチュア
第109話「黒の姉妹、天使な悪魔と悪魔な天使」




「はい、修復完了〜、治ったよ、牙ちゃん〜」
黒のイヴニングドレス(夜会服)を着た十一歳ぐらいの少女は、異界竜の牙を宙に放った。
少女は、ドレスと同じ綺麗な黒の長い髪を同じく黒の大きなリボンで一房に束ねている。
全身黒ずくめな少女にあって、その瞳だけが血を固めたような見事な紅玉(ルビー)だった。
「どれどれ」
黒い手袋をした右手が伸びてきて、異界竜の牙の柄をパシッと掴む。
どこかの国の神官服だろうか、とことん露出のない漆黒の衣服、本来唯一の露出部分の筈の手首に手袋をしている上に、漆黒のマントで全身をくるんでいた。
早い話、首から下には一切の露出が無いのである。
髪は首までの長さで綺麗に切り添えられ、瞳の色は妹よりさらに深く濃い紅玉だった。
「ふん」
少女は重さなどまるでないかのように異界竜の牙をビュンビュンと振り回す。
「どう、お姉ちゃん?」
「いいんじゃない? 地上で使うなら手頃な感じだし……プレゼントに丁度良いかな?」
「良かった。じゃあ、早く探しに行こうよ〜」
「まあ、待ちなさいよ。やっぱ、剣ってのは生き物相手に試さなきゃ駄目よ……ほら、丁度良さそうなのが来た」
少女が遙か地平線の向こうを見つめながら言うと、数秒後、地平の向こうから爆音が聞こえてきた。



「あん?」
ラッセルは馬威駆(バイク)を急停止させた。
「何か、用か、ガキ?」
馬威駆を疾走させていたラッセルの前に突然飛び込んできたのは、十一歳ぐらい……ミーティアよりは僅かに年上に見える黒ずくめの少女。
その少女の両手には見覚えのある剣が握られていた。
「異界竜の牙だあ? なんでお前が持っていやがる? というか、あの爆発でも消し飛ばなかったのかよ?」
「あははははっ、当然じゃない。たかが地上の黴菌に過ぎない人間が作った力で、異界竜の牙が破壊できるわけがないのよ」
「黴菌だぁ?」
「お姉ちゃん、黴菌は酷いよ。せめて雑菌て呼んであげようよ」
少女の背後から、そっくりな顔のイヴニングドレスの少女が姿を現す。
二人の少女の違いは衣服以外では、その表情……『笑顔』だ。
ドレスの少女は、愛らしい無垢な笑顔、『天使のような笑顔』であるのに対し、マントの少女は意地悪で悪戯っぽい『小悪魔的な笑顔』をしている。
「いいのよ、黴菌で。地上を腐敗させ、病気にする有害な存在なんだから、人間なんて」
「言ってくれるじゃねえか……『人外』のガキ共……?」
「あ、解るんだ? 皇牙ちゃん達があんた達黴菌とは違う高等種族だって?」
「はっ! そこまで人間を見下している奴が人間なわけないだろうがっ!」
「うふふふっ、それもそうよね」
少女……皇牙は頭上で異界竜の牙をブンブンと豪快に振り回した。
「で、何の用だよ、ガキ共?」
「うん、辻斬りなんだよ、皇牙ちゃん達〜」
「へっ、随分と可愛い辻斬りが居たもんだな」
「旦那旦那、浮気は駄目だよ。それにあんな小さな子に手を出したら犯……」
黙ってラッセルの背中に抱きついていたネメシスが初めて口を挟む。
「黙れ! いいから剣になれっ!」
「あいよ、旦那」
ラッセルの背中からネメシスが一瞬で消えたかと思うと、ラッセルの左手に深紅の長剣が握られていた。
「あ、お姉ちゃん、アレ神剣だよ。確かアレは……凶暴な黎明(バイオレントドーン)だったかな?」
イヴニングドレスの少女……皇鱗が、神剣を一目見るなり、全てを見抜いたように発言する。
「へぇ〜、それじゃあ、テストには最適な相手じゃない」
皇牙は振り回し続けていた異界竜の牙を、ラッセルの方にビシッと突きつけた。
「ガキには躾が必要だな」
『旦那旦那、見かけに騙されちゃ駄目だよ。この子達正体は解らないけど……なんか凄く嫌な感じがするよ』
「ああ、化け物なのは解ってるさ!」
突然、爆音と共に馬威駆が走り出す。
ラッセルは馬威駆に乗りながら、瞬時に皇牙との間合いを詰め、そのまま片手に持った神剣で擦れ違い様に皇牙の銅を斬り捨てようとした。
物凄く鈍く嫌な音が響く。
『痛ああああああああああああっ!』
ついで、ラッセルの脳裏にネメシスの悲鳴が反響した。
「頭の中で叫ぶな、馬鹿っ!」
皇牙の横を駆け抜けたラッセルは怒鳴りながら、馬威駆を反転させる。
『……だ……だって、死ぬほど痛かったんだもん……背骨が折れるかと思った……』
「背骨ってな、お前……」
刀身が折れるということだろうか?
ラッセルは神剣を見たが、刀身は折れても曲がってもいなかった。
「ちょっとちょっと、刃と刃を合わせてくれないと、異界竜の牙のテストにならないじゃないのよ!」
皇牙はプンプンっといった感じで可愛く怒っている。
「おい……間違いなく銅を斬り捨てたよな? それも馬威駆の加速を乗せて……」
『うん、それは間違いないよ、旦那。でも、『斬れ』なかった……あの子、もしかしたら、異界竜の牙より『硬い』かも……?』
「ああん? そんな生物がいるか!? 神族だろうが魔族だろうが……ああ、もしかして、エナジーバリアとかいうやつか?」
『違う……間違いなく肌には触れた……正真正銘、あの子、物質的にあたしと互角以上に硬いんだよ……信じられないけどね……』
「もう、そっちから来ないなら、こっちから行っちゃうわよっ!」
皇牙は突然、飛び跳ねるように、一瞬でラッセルの眼前に飛来した。
「てりゃりゃあっ!」
「ちっ!」
皇牙は体全体を捻って勢いよく異界竜の牙を叩きつけてくる。
ラッセルは辛うじてその一撃に神剣を合わせて受け止めた。
先程と同じ鈍い轟音が響く。
『痛っ……』
「我慢しろ! 剣が打ち合う度に喚くなっ!」
ラッセルはそう怒鳴りながら、神剣を一度引き、再度、いまだ宙に浮いている皇牙に叩き込んだ。
「おっとと」
皇牙は異界竜の牙に振り回されるような不格好ながら、その一撃を確かに受け止める。
そして、そのままその衝撃を利用するように後方に飛び、綺麗に足から大地に着地した。
「よしよし、神剣と打ち合っても亀裂は走らない、修復は完璧みたいね」
皇牙は満足げに呟く。
「当然よ、お姉ちゃん。わたしが直したんだから」
一人だけ木陰でくつろいでいる皇鱗が自信満々な態度で言った。
「だから、不安だったのよ、あんた、結構いい加減だから……」
「酷い、お姉ちゃん」
「だって、本当のことでしょう。だいたいあんたはいつも面…… 」
「余所見しているんじゃねえ、ガキがっ!」
いつの間にか迫っていた赤い無数の矢尻が皇牙に降り注ぐ。
「と、捌ききれないかな?」
皇牙は異界竜の牙の一振りで、いくつかの矢尻を切り払ったが、全ては落とせず、数本の矢尻が彼女の体に突き刺さ……らなかった。
彼女の体に当たった矢尻は全て鈍い音をたてて、跳ね返る。
「痒いじゃないの。にしても、弱すぎ、あんた。もしかして、神剣の契約者じゃなくてただの所有者? 蚊じゃなくて、せめて蜂ぐらいの威力は持ちなさい、この黴菌がっ!」
皇牙は素手の左手を微かに振るう。
『危ない、旦那っ!』
ネメシスが、ラッセルの命令を待たず、自らの意志で独りでに神剣を動かした。
今までとは少し違う鈍い音。
『あああああああっ!?』
ネメシスの悲鳴と共に走った衝撃が、ラッセルを馬威駆の上から吹き飛ばした。
「……ちっ」
大地に転げ落ちたラッセルは、なんとか素早く体勢を立て直し、剣を構え追撃に備える。
「……なっ?」
構えた赤い神剣に四本の小さな傷があった。
神柱石でできた神剣があっさりと剔られていたのである。
『……だ……旦那……間違いない……あの子、異界竜の牙より『硬くて』……『鋭い』……』
苦しげなネメシスの声(意識)が響いてきた。
その声は今にも掻き消えそうなほど弱々しい。
「おい……しっかりしやがれっ! そんなかすり傷で……」
『うう……旦那……短いつき合いだったけど……あたし、幸せ……』
「うわ、三文芝居だね。そんなの神剣にとってかすり傷もいいところだよ、お兄ちゃん」
まるでネメシスの声が聞こえていたかのように皇鱗が口を挟んだ。
『う……旦那に同情してもらって、抱いて貰うチャンスだったのに……』
「おい、余裕あるじゃねぇか……」
『あはははは……』
ネメシスは笑って誤魔化す。
「……て、このガキ、いつのまに俺の後ろに……」
さっきまで、結構離れた木陰でマッタリしていたはずの皇鱗が、いつのまにかラッセルの真後ろに立っていた。
「お姉ちゃん、わたし飽きちゃった。テストは充分でしょう? もう行こうよ〜」
「そうね、あたしも『消毒』したいしね。行きましょうか」
「あははっ、お姉ちゃん、相変わらず病的な潔癖性だね。別に直接雑菌(人間)さんに触れられたわけでもないのに」
「神剣だって同じよ、直接叩きつけられたし、それに、見てよ、これ……」
突きだした皇牙の左手は、手袋が破け、鋭い爪の伸びた指が覗いている。
「うっかり直接触っちゃったわ……一秒でも早く真水で洗いたいわ」
皇牙は気持ち悪そうに、見えない汚れでも振り落とすかのようにブンブンと手首を振っていた。
『……旦那……なんかあたし凄くムカついたんだけど……』
「ああ、まあ、気持ちは解るぜ……」
皇牙と言う少女は、本気でラッセルやバイオレントドーンを『黴菌』扱いしている。
黴菌扱いされて、良い気がする者など居るはずがなかった。
ふわりと、軽やかな飛翔でラッセルを飛び越し、皇鱗は姉の真横に着地する。
「じゃあ、行きましょう、お姉ちゃん」
皇鱗が左手を差し出すと、皇牙は手袋を破かれた左手でその手を掴んだ。
「じゃあね、黴菌。皇牙ちゃん達の方から失せてあげるから感謝しなさい」
「ばいばい、雑菌さん〜」
皇牙がラッセル達の方を一瞥し、皇鱗は天使の笑顔で手を振っている。
「とりあえず、適当に転移するわよ」
「うん、真水のあるところ見つけないとね」
皇牙はマントの中に妹を抱き込むと、青空に溶け込むように消え去った。
「……なんだったんだ……あいつら……?」
ラッセルは二人が消えた空をぼんやりと眺める。
『さあ……ねえねえ、旦那旦那、ここは気分なおしに、あたしと濃厚H……』
「気分直しに馬威駆を臨界まで飛ばすか」
ラッセルはネメシスの声を無視して、馬威駆に飛び乗った。




「ほう……」
黒一色の制服の美人は、タナトス達に気づくと、タナトス唯一人に興味深げな、値踏みでもするような視線を向けた。
「なっ、あ……」
「ちょっと、あんた、何、姉様を勝手に視姦しているのよ! 姉様はあたしの……うっ!?」
美人の視線がクロスに移る。
その瞬間、クロスは蛇に睨まれた蛙のような気分を味わった。
「黙っていろ。お前には興味がない」
「ぐっ……そりゃ……確かに姉様はあたしなんかより……何百倍も魅力的だけ……ど……」
「ほう、喋れるのか?」
美人は感心したように呟く。
「ああ、そっちなら好きにしていいぞ。なんなら、土産としてお持ち帰りするか?」
「ちょっと、ルーファス、何ふざけ……」
「ふむ、そうだな、悪くはないが……やはり、隣に一級品があるのに二級品を選ぶのもな……」
美人は視線をクロスからタナトスに再び戻した。
「……ルーファス……この人はいったい……?」
「ああ、まあ……古い知人だよ」
ルーファスは歯切れ悪く言う。
「さて、名残惜しいが……」
美人はタナトスの頬にそっと手を当てた。
「用があるのでな、今回はこれで失礼する」
美人はタナトスの顎を指で捉え浮かせると、タナトスの額に一瞬接吻する。
「なっ……?」
「あああああああっ!?」
「……たく」
タナトスは呆然、クロスは絶叫、ルーファスは溜息を吐いた。
「ルーファス、とりあえずこの剣は借りていくぞ」
タナトスの横を通り過ぎていく美人の右手には一振りの鞘に入った剣が握られている。
「やるよ、どうせ暇潰しに適当に作ったなまくらだ。なんならもうちょっとマシな剣を作ってやるが?」
「いや、とりあえずこれで充分だ。ではな、また近いうちに……」
「ああ、じゃあな」
一陣の風が吹いたかと思うと、美人の姿は掻き消え去っていた。











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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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